「痩せている方がいい」という思い込みから始まった摂食障害
20歳の大学生のとき、それは始まった。当時を振り返ると、特別な出来事があったわけではない。むしろ、高校生の頃から少しずつ芽生えていた『痩せている方がいい』という価値観が、徐々に強くなっていった結果だった。
「体型的にはBMIでいうと標準と痩せのすれすれくらいで、今から思えばそんなに気にするほどのことではなかったんです」
しかし、周囲の影響は確実にあった。「周りと比べて、なんか細くてかわいいって言われている子を見て、結構気にしていました」
高校生の頃から、小さいサイズのお弁当箱に詰めた少量の食事を食べる習慣があった。
「そんなちょっとしか食べないから痩せてるんだよって言われて、勝手に嬉しくなったり。その頃はそんなことを漠然と思っていました」
仕事と学業の両立に追われ、深まる過食の闇
大学院修士課程から社会人1年目にかけて、状況は一変する。拒食から過食へと症状が移行していった。
「仕事とか学業のストレスがあったときに食べちゃうんです。でも、学業に集中するためだから仕方ない、仕事に専念するためだから仕方ないって、自分に言い聞かせていました」
とくに27歳から28歳にかけては危機的な状況に。
「睡眠時間を3~5時間程度に削ってまでしても、それでも仕事や学業が終わらない。24時間営業のマクドナルドで、気づいたら始発の時間まで居たこともありました。本当はよくないとわかっていても、コンビニで買ったお菓子を食べながら目を覚まさせていました」
眠気と戦うための過食は、新たな問題を引き起こしていった。
「疲れちゃって食べないと寝ちゃうから、食べざるを得ない。でも本当は寝た方が効率いいってわかっているのに、仕事や学業が遅れるのが怖いから、寝ないように食べ物を口に詰め込む。そして布団に入ると寝心地が良くて長時間寝てしまうから、怖くて布団に入れず、床に転がったり布団の上に座ったりした状態で仮眠で済ませる。そんな悪循環に陥っていきました」
その背景には『他のことを犠牲にしてでも頑張らなければ』という強迫的な思いがあった。このまま太り続けていくのではないか、という漠然とした不安も、少しずつ大きくなっていった。
転機となった学会発表の挫折
博士課程で初めての学会発表に挑戦しようとしたとき、大きな転機が訪れる。
「それまで、努力すれば何とでもできると思い込んでいました。でも、ある日突然、涙が滝のように流れ出して、胸がすごく苦しくなって。いきなり突っ伏したまま、何もできない状態になったんです」
学会発表の準備どころではなくなり、大学院にも行けなくなった。努力してもできないことがあるんだ、という現実に直面し、入院を経験。これが抑うつ状態の始まりだった。
「学会発表をキャンセルするまでは、自分は努力すれば何でもできるんだって思い込んでいました。でも、努力してもできなかったという経験が、逆に『ずっと頑張り続けなければならない』という思考から解放してくれたんです」
支えとなった主治医・カウンセラーとの出会い
回復への道のりで、大きな支えとなったのは専門家との出会いだった。しかし、その出会いまでの道のりは決して平坦ではなかった。
「嘔吐がなかったので、ただ食べ過ぎているだけ。これを病気だとかも思っていないなかったです。苦しいとも言っちゃいけないんじゃないかって思っていました。ファスティングや民間療法も試しましたが、全然効果がなくて。ようやく病院に行こうって決心しました」
主治医との出会いも、すぐにはうまくいかなかった。
「3人目の先生でようやく、私の話をちゃんと聞いてくれる方に出会えました。自分をいじめたくなって薬を飲むのを拒否することもあったんですけど、そういう気持ちも受け止めてくれたんです」
とくに大きかったのは、カウンセラーとの5年間の関係性だ。
「ちょっとした様子の変化も敏感に感じ取ってくれて『なんでそう思うの?』って問いかけてくれて、本当に理解しようとしてくれる。メールでのやりとりとかも通して、自分の気持ちを整理する助けになりました」
回復への道のり ー 自分の現状を受け入れることの大切さ
現在は食生活も落ち着き、抑うつ状態も改善傾向にある。通院しながらの薬物療法も継続中だ。
「時々自分をいじめたくなって薬を飲まなくなることもありますが、飲まないと涙が出てきたり胸が苦しくなったりするので、しっかり薬を飲み続ける必要性を実感しています」
しかし、まだ完全な回復というわけではない。
「毎年夏頃になると少し拒食気味になって、BMIが17くらいまで落ちることもあるんです。でも、これ以上痩せたらまずいと自分でコントロールできるようになりました」
経験者として伝えたいこと
「一人で悩まず、話せる人に話すだけでも楽になります。一人で抱え込まないでほしいんです」
「自分の苦しみをわかってくれて、しっかり話を聞いてくれる人を見つけることは簡単ではありません。でも、どこかにきっとそういう人はいます。カウンセリングという選択肢もあります。完璧を求めすぎずに、自分のペースで探していけばいいと思います」
そして最も大切なことは、『病気で苦しんでいるんだ』と自分で自分を認めてあげること。
「理解者を見つけるのは難しいかもしれないですが、どこかに必ずいる。つらいと思うけど、どこかにきっとそういう人がいるんだって思っているだけでも、少し楽になれると思うんです。そう思うだけでも、違いはあるはず」
回復の道のりに、決まった正解はない。それぞれが自分なりのペースで、自分に合った方法を見つけていく。そんな気づきが、10年間の経験から見えてきた希望の光なのである。
すんさんとお話してみたい方へ
すんさんは摂食障害ピアサポート Ally Meの登録ピアサポーターとしても活動中です。
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