OBOG訪問室~keiさん~
OB・OG訪問室

“過食は自分の意思”という落とし穴から抜け出すまで

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「自分の意思で始めたことだから、自分の意思で止められるはず」―。そう思い込み、ますます追い込まれていく。摂食障害に苦しむ人々の多くが経験するという、この"自責の連鎖"。今回、約30年前に発症し、現在はピアサポーターとして活動する50代男性に、回復までの道のりを語っていただいた。
この記事に紹介されている人のプロフィール
keiさん・50代男性

大学3年生からの5~6年の間に、拒食とまではいかない食事制限・過食嘔吐・非嘔吐過食を経験。摂食障害を抱えながらの就職活動、会社員生活、恋愛など様々な経験を経て、現在は寛解。休日は子供とクレーンゲームをしたり、車で買い物に出かけている。
*ピアサポーターとしても活動中。keiさんとお話してみたい方はピアサポートサービスAlly Meページからお申し込みください!

“やせていれば就職できる” ー 拡大解釈された情報が引き金に

大学3年生の秋、就職活動の時期だった。

「アメリカでは体重や体型を自己管理できない人間は、出世に支障がある…そんな情報に触れたことがきっかけだったと思います。コミュニケーション能力に長けていなかった自分にとっては、就職活動は苦戦の連続でした。そして、その情報を『体重や体型を自己管理できない人間は、就職できない』と解釈してしまったんです」

最初は少しずつ食事量を減らすことから始まった。テレビやニュースで得た断片的な情報は、就職への不安と相まって、次第に肥大化していった。

「初めからそういう細かい情報を得ていたわけではないんです。自分の中でいろいろと妄想が膨らんでしまって。そのちょっとしたニュースだけをきっかけに、どんどんエスカレートしていったという方が正確かもしれません」

「自分の意思なのに、なぜ止められない」 ー 深まる孤独と自責

次第に過食嘔吐へ。

「初めのうちは、食べたいだけ食べても太らないどころか、痩せることもできる、なんて素晴らしいシステム(嘔吐すること)だと感じていました。でも、その考えは長くは続かなかったです。睡眠時間を削って、体への負担も大きくなる。時間も取られるし、当然お金もかかる。でも一番つらかったのは、自分でコントロールできないという現実でした」

当時、医療機関にもカウンセリング機関にも通っておらず、摂食障害という言葉すら知らなかった。『世界中で過食嘔吐をしているのは自分だけ』と思い詰めるようになっていった。

「全部自分の意思でやっているんです。自分でお金を持って、自分で食べ物を買いに行って、自分で食べて、自分で吐く。誰かに脅迫されているわけでもない。だから、嫌なら止めればいいはずなのに、どうして止められないんだろうと思って、とても辛かったです」

その苦しみは極限まで達し『寝ている時は過食嘔吐をしない』という気づきから『脳の停止=意思の停止』という考えに至り、最終的に自殺未遂を試みた。この出来事により、過食嘔吐が摂食障害という病気の症状だということを知ることとなった。

「病気」という言葉は見つかったけれど ー 続く理解への困難

自殺未遂をきっかけに精神科を紹介され、そこで初めて自分が摂食障害であることを知った。しかし、その時は病気という認識すら持てなかった。

「病気って言われても、あまりピンとこなかったんです。言われたからしょうがないから病院にかかってました。少しずつ治療していけば治るんだから任せてみよう、なんて気持ちにはなれませんでした」

処方される薬にも、食欲を抑える鍼治療にも、効果は感じられなかった。

「外から何かを入れたり、いじったりすることで自分の症状が改善するということはないんだろうな」という気持ちが強くなっていった。

二つの出会いが照らした未来への光 ー “このままでいいのか”という問い

大きな転機となる出来事は二つあった。

一つ目は、カウンセリング機関での一人の男性との出会いだった。

「その方も摂食障害で、30代半ばだったのに、見た目は50代にしか見えませんでした。すごく痩せていて、過食嘔吐の影響で歯も失われ、口元がシワシワだったんです」

その姿を見て、初めて自分の未来を具体的に想像した。

「ずっと過食嘔吐が止められないって言いながら気がついたら3年も4年も過ぎていました。3、4年止められないなら、きっと10年後も止められないでしょう。自分が35歳になった時に、あの風貌になるんだ、自分は。と自問自答するようになりました」

10年後にこの男性のようにはなりたくない、変わらないとと心から思った。

二つ目は、恋愛を含む人とのつながりの大切さへの気づきだった。テレビで恋愛番組を見ているうちに、自分の生活との隔たりを痛感するようになった。

「20代半ばって、普通に考えたら彼女がいたり、人と食事に行ったり、そういうことが人生の中で大きな部分を占める時期ですよね。でも自分の中ではそれが全くゼロでした。食事をするのが困難だから、飲み会にも行けないし、行っても楽しくない。異性との出会いも、まず食事から始まることが多いのに、それすらできない」

こんな人生は悲しすぎる…。

「この二つの出来事が、私のなかで考え方を変える、大きなターニングポイントだったと思います」

変化は必ず起こせる ー “固定概念は取り除ける

「カロリーや体重への執着をはじめとする固定概念は、生まれつきのものではありません。10年、15年、20年と生きてきた中で学習した結果、獲得したものであり、再学習により固定概念や価値観を変えることはできるのではないかと思っています」

二つの大きな出来事を経て「多少体重が増えてもいいから過食嘔吐を止めたい」という思いが強くなった。会社を辞め、バイトをしながら少しずつ生活を立て直していった。

「吐かずに食べるにはどうしたらいいのか。食物繊維の多いものを選んだり、いろいろ工夫しました。すぐには変われなかったけど、少しずつ変化は起きていきました」

あなたに足りないのは努力ではない ー つながりが照らす希望の光

現在、市役所職員として働きながら、ピアサポーターとしても活動している。摂食障害や過食嘔吐で回復に必要なのは、努力や自己管理能力ではない。

「もし今、苦しんでいる方がいれば伝えたい。あなたに足りないのは、努力でも、意志の力でも、自己管理能力でもありません。それは、あなたにあった情報や、あなたの状況を理解してくれる他者との出会いなのです」

10代や20代という人生の重要な時期に、多くのエネルギーをこの病気に費やすことは非常に残念でもったいないこと。

「固定概念や頑なな価値観は変えることができるのではないかと思っています。ですから、絶対に摂食障害は治らない、治るはずがないという考えや思い込みも、いろいろなきっかけや時間の経過とともに変化する可能性があるということを、頭の片隅にとどめておいてほしい。どうか諦めないで、今できることを一つでも続けてほしいです」

「一人でも多くの方が、一日でも早く摂食障害の苦しみから解放されることを願っています。そのために、私にできることを、できる範囲でやっていきたいです」

keiさんとお話してみたい方へ

keiさんは摂食障害ピアサポート Ally Meの登録ピアサポーターとしても活動中です。

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