一人の友人として、迷いながらも見守ること、そして信頼できる情報に触れること――友人の摂食障害経験を経て
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一人の友人として、迷いながらも見守ること、そして信頼できる情報に触れること――友人の摂食障害経験を経て

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「心配だけど、どう声をかけたら良いか分からない」「逆に傷つけてしまったらどうしよう…」親しい仲だからこそ、どう接したら良いか分からなくて不安になる、友人やパートナー、職場の方の摂食障害。
今回は、そんな「周辺で見守る立場の方」へのインタビューを通して見えてきた、摂食障害の方へのサポートの形を記事にしました。
この記事に紹介されている人のプロフィール
あきさん、すんさん

あきさん
すんさんの高校時代からの友人。すんさんとは、定期的にお茶をしたり、一緒に旅行に行ったりする仲。

すんさん
20歳頃より拒食、28歳頃より非嘔吐過食を経験。現在は寛解し、コンサルタントとして働いている。

友人として、長く一緒に過ごしてきたからこそ感じた違和感

すんさんに対して元々抱いていた印象は、「食べることが好きな子」。メロンパンを前にしてものすごくテンションが上がるし、一緒にどこかに食べに行く時も食べることをすごく楽しみにするような人だと感じていました。

大学生になってからも、旅行に行ったり、定期的に近況を話したりする関係が続いていました。

そんな彼女に、少しずつ違和感を覚えるようになったのは、社会人になってからです。「糖質は絶対に取らない」「根菜は食べない」そんな発言や、「家で野菜を刻んで、それだけをちまちま食べている」というような話を聞くようになりました。

糖質制限やダイエットも珍しくない時代、仕事がとても忙しい時期だったこともあり、「体のことを考えて、ストイックに管理しているのかな」と思っていました。正直、その時点では「病気かもしれない」とは考えていなかったと思います

「外で食べるのが怖い」――はっきりとした変化を感じた瞬間

「普通じゃないかもしれない」と感じたのは、食事の約束をした時のことでした。「外で食べるのが怖いから、飲み物だけでもいいかな」というようなことを言われ、胸の中に引っかかるものが生まれました。それまで「食べるのが好きな子」だったすんさんが、食事そのものを避けるようになっていたからです。

ただ、その時も私は「摂食障害」という言葉で状況を捉えていたわけではありません。「前とちょっと違うけど、すんさんはストイックな性格だし、本人なりにうまくコントロールしているのかな」そんなふうに考えていました

病名が分からないまま、声をかけることへの迷い

後にすんさんが入院していると知り、お見舞いにも行きました。

本人は肥満体型だと言いましたが、手の骨が浮き出ていて、明らかに病的な印象を受けました。「痩せた?」というようなことを言ったかもしれません。その時すんさんは「●kgもある」と、震える声で返しました。その様子から、「すんさんは今、自分を“太っている”と感じているんだ」と初めて実感しました。

それ以降、私はますます言葉を選ぶようになりました。何か間違ったことを言って、すんさんが離れてしまったらどうしよう――その怖さの方が大きかったのです。

「何かしてあげたいけど、離れていってしまったらどうしよう」という不安

正直に言うと、私は「何をしたらいいのか分からなかった」状態だったと思います。「栄養を取った方がいい」「無理しすぎじゃないか」そう思うことはあっても、それを口にしていいのか判断できませんでした。

宗教や強い信念にのめり込んでいる人に、正面から否定的なことを言えば関係が壊れてしまう。それと同じように、「こうした方が良い」というようなことを言ったら、すんさんが離れていってしまうのではないかという不安がありました。

だから私は、「仕事の話をする」「会ってくれること自体を大切にする」「無理に踏み込まない」そんな関わり方を選びました

「役に立てていなかった」という思いは、今でもあります。それでも、「食べるのがこわい気持ち」に何とか折り合いをつけて私に会ってくれるのがありがたかったのを覚えています。

振り返って思うこと――「情報があったら、迷わずにすんだかもしれない」

今振り返ると、「摂食障害」という病気について、私自身ほとんど知識がありませんでした。

実は私自身も、「スイーツバイキングや飲み会の後、食べすぎたら吐いてリセットする」というような経験はたまにありました。「食べた後、日常的に吐く」「吐くために食べる」というほどではなかったということもあり、それを深刻な問題だと捉えていなかった部分もあります。

すんさんが入院した時も、心配をかけまいとしていたのか、「摂食障害」や「拒食症」というような病名をはっきりと伝えてくれたわけではありませんでした。

だからこそ、「どこからが病気なのか」「何が危険なサインなのか」その境界がとても曖昧でした。

もし当時、摂食障害という病名だったり、周囲の人が取るべき接し方や迷ったときの考え方といった情報に出会えていたら、もう少し落ち着いて接することができたかもしれません

医療につながったと知ったときの、正直な気持ち

すんさんが病院につながり、入院していると聞いた時、正直に言うと、私は少し安心しました。「一人で抱え込まずに、専門家の手に委ねられている」それだけで、少し肩の力が抜けたのを覚えています

もしあのまま何年も続いていたら、体がもたなかったかもしれない。すんさん自身が助けを求め、医療につながったことは、本当に大きな一歩だったと思います。

同じ立場の人へ伝えたいこと

友人やパートナー、職場の同僚として摂食障害の人を見守る立場は、とても難しいものです。「心配しているけれど、何を言えばいいか分からない」「何か言って関係が壊れるのが怖い」「自分だけ何もできていない気がする」そんな風に感じることもあると思います。

もしかしたらその不安は、自分一人で解決せず専門家の助けを得ること、そして信頼できる情報に触れることで、変わるかもしれません

また、「食べることがこわい」と感じる本人も、友人やパートナー、職場の同僚といった「見守ってくれる方」に対して「摂食障害という病気なんだ」と明かしてくれていたら、そういった情報に触れる機会もあったかもしれません。

完璧な関わり方はないですが、「迷いながら見守っている人がいる」という事実自体が、当事者を支えていることもある、そんな風にも思っています

本人(すんさん)からのコメント

旅行に行った時に「おかずなら食べられる」と言ったり、「体に良さそうだから」と誘ってくれたヨガの体験に一緒に行って鏡に映った自分の姿を見て泣いてしまったり。「面倒な友人」として迷惑をかけたな、と思っていたこともありました。

それでも、あきさんなりに色々と考えてくれていたこと、特に、会ってくれること自体を大切に考えてくれていたこと、「離れていってしまったらどうしよう」と迷いながらも会おうとしてくれていたことを、改めて聞いて、「申し訳なさ」よりも「感謝」の気持ちが強くなりました

今「食べることがこわい気持ち」があってしんどい思いをしている方には、会ってくれる友人に対して「恥ずかしい」「迷惑をかけている」とばかり思わずに、「今は病気だから、こういうサポートがあると嬉しい」とはっきり伝えてみると良いのではないか、ということをお伝えしたいです。

それから、そのような方を見守っている友人の方には、「会える時に会ってくれようとしてくれる、声をかけてくれるだけで嬉しい」そんな当事者の思いを伝えたいです