摂食障害は不治の病?
摂食障害ってなに?

摂食障害は不治の病?

長年摂食障害に付き合っている方の体験や、摂食障害の治療について、ネット上の情報などに触れると、摂食障害は「不治の病」であり「一生付き合わなければならないもの」なのかな、と考えることもあるかもしれません。しかし、それは本当なのでしょうか?そもそも「治る」「治らない」ってどういうことなのでしょうか?
摂食障害からの「回復」に焦点を当てることで、摂食障害や治療への向き合い方を考えてみましょう!
登場人物
  • ぱせりちゃん
    ぱせりちゃん

    管理栄養士を目指す大学2年生。将来は自分と同じように万年ダイエッターな女の子に対して栄養士として向き合う仕事がしてみたいと勉強中。小学生から続けているダンスが趣味。

ぱせりちゃん、ネット上の体験談を読んで不安になっちゃったんだね。

うん…正直、私自身も今はもう一度、昔みたいに普通に食べることが出来るようになるのかなって考えるとイメージが出来ないから、一生治らないって言われたら、そうなのかなって思っちゃって…

そっか、ぱせりちゃんの中では「普通に食べる」ということが治るイメージなんだね。それってどういう状態なんだろう?もう少し教えてもらっていいかな?

どういう状態って…普通に、食べた後に吐いたりしない状態のこと。友達やパートナーと食事に行くときも、カロリーを気にしないでご飯を楽しめたり、1人でも食べたいものを食べられるっていうか…食べるのが怖くない状態かな。

なるほど!教えてくれてありがとう。それがぱせりちゃんにとって、摂食障害を手放した状態なんだね。今、ぱせりちゃんは一生治らないかも…という不安について話してくれたけど、この「治る」という状態のイメージは、摂食障害に悩んでいる人それぞれで違う可能性があるんだ。

え?病気なのに、何が基準で治ったか、分からないってこと?

厳密にいうと、医学的な基準はあるけれど、それだけで当事者本人が「私は治った!」と思えるわけではない、ということだね。少し専門的な言い方をすると、当事者本人が寛解*するまでの過程は「リカバリー」という言葉で表されるんだ。今日はリカバリーについて説明するね!

*寛解とは、治療によって病気の症状が一時的または永続的に軽快したり、消失したりした状態を指します。

「治る」には複数の状態がある!リカバリーとは?

リカバリーと一言で言っても、その内容によって3つの分類に分けられることが多いよ。
ぱせりちゃんが言ってくれたように、摂食障害の症状そのものがなくなったり軽くなること、そしてその結果として身体的な機能が回復することを指して「臨床的リカバリー」と表現するよ。例えば、過食や嘔吐などの症状がなくなったり、栄養不足によって引き起こされていた月経が回復する、といったことだね。ちゃんと診断基準がある「病気」だからこそ、「治る」という状態を医学的に表したものがこの臨床的リカバリーなんだ。

うん、お医者さんが病気の症状がなくなったと判断する基準ってことだよね。

そうだね!一方で、ぱせりちゃんが言ってくれた「カロリーを気にしないでご飯を楽しめる」「1人でも食べたいものを食べられる」という状態は、医学的なリカバリーというよりも、ぱせりちゃん自身がこうなりたい!と思う主観的に元気になったと思えることなんじゃないかな?こんな風に、自分自身が自分らしい選択が出来る、イキイキしていると感じられる状態に向かっていくことを、パーソナル・リカバリーと言ったりするよ。

なるほど、個人的な「治る感覚」みたいなものかな?

そしてもう一つ、社会的リカバリーという定義もある。これは、摂食障害から回復していく過程で、社会参加の幅が広がることを意味しているんだ。例えば、アルバイトが出来るようになったり、学校を再開したり、就職したり…そういった社会との繋がりが強まることを表すリカバリーの一分類だね。

臨床的リカバリー

パーソナルリカバリー

社会的リカバリー

何となく言っていることは分かるんだけど…そしたら、摂食障害の症状がなくなったとしても、他のリカバリーは叶えられないってこと?症状がなくなれば、カロリーを気にしないでご飯を楽しんだり、食べたいものを食べるってことが出来ると思ってたけど…

もちろん、症状がなくなったり、軽くなったりする臨床的リカバリーと他のリカバリーには、互いに影響し合うと言われているよ。ただ、このパーソナル・リカバリーという概念自体が、摂食障害に限らず精神疾患の当事者さん本人から発展してきた考え方なんだ。つまり、実際にリカバリーの道を歩んできた当事者本人が、臨床的リカバリーだけでは自分自身が回復した、治った、という感覚を得られない!と思ったからなんだよね。摂食障害の症状がなくなって身体の機能が回復したとしても、当事者本人が「摂食障害を手放した」と感じるまでは少し差があることが多いってことなんじゃないかなぁ。

えぇ~…症状がなくなりさえすれば元通りになれる、って思ってたのに…症状がなくなったとしても、例えばカロリーを気にしちゃう癖とは一生付き合うとか、そういうこと?それなら皆が「摂食障害は一生もの」っていうのも、分かる気がするよ💦

そうだね、単純に症状がなくなればOK!という話ではないからこそ、ぱせりちゃんのように不安に思ってしまう人もいると思う。でも、覚えておいてほしいのは、今説明したような多様なリカバリーの過程を経て摂食障害を乗り越えた回復者も沢山いるということ。そして同時に、単純に「XX%の人が治る」といっても、治るという状態には身体的な症状がなくなることや、食べることへの恐怖がなくなることなど、色々な要素が絡んでいるという前提を覚えておいてね。
その上で、じゃあ実際にどのくらいの人がどのくらいの期間でどんなリカバリーをたどっているのか、摂食障害の回復に関わる実際のデータを見てみよう!

摂食障害のリカバリーを表すデータ

まず、前に説明した通り*、摂食障害と一口に言っても、神経性やせ症・過食症、そしてむちゃ食い症など、複数の形があるよ。それぞれ少しずつリカバリーにかかわるデータは異なるんだけど…海外では、摂食障害専門病院の患者さんを追跡調査して、身体的症状・精神的症状どちらも寛解するまでの期間を調べている論文も発表されたりしているよ。

*関連記事:摂食障害ってなに? ~拒食症(神経性やせ症)~

日本のデータはないの?

残念ながら、日本で患者さんの追跡調査を大規模に行うような研究はまだまだ少ないんだ。海外でもそんなに追跡調査の事例が多いわけではない上に、各国ごとに状況は異なるから「この症状は何年で治る人が多い」と一概には言えないよ。

そうなんだ…何年くらいで楽になれるか知りたかったのに。

先行きが見えないと不安だよね。ただ、例えばデンマークの研究では、神経性やせ症の寛解には57~79か月、神経性過食症の寛解には11~26か月かかっていた、という研究結果もあったりするよ。

私の場合は神経性やせ症…だったよね。そんなにかかっちゃうの?!それじゃ大学生活も社会人生活も、ずーっとこのままってこと!?

待って待ってぱせりちゃん!こういった研究で出てくるデータは、平均値や中央値(寛解期間が短い方から順番に並べて真ん中の値)になっていることが多いんだ。つまり、これよりもずっと早く回復する人もいれば、もう少し長く病気と付き合う人も沢山いるんだね。ぱせりちゃん自身が絶対にこの期間で神経性やせ症の状態でなくなる、というわけではないから、あくまで人のデータとしてとらえてほしいな。

まぁ、人それぞれってことだよね。それはそうだろうけど、やっぱり平均でこのくらい自分の症状と付き合っていくなんて、やっぱりしんどいよ…

不安にさせてしまってごめんね。でも、もうひとつ重要なことがあるよ!それは、ずーっと同じ状態が続いているわけじゃないってこと。確かに、神経性やせ症の場合、低体重からのスタートになるから、身体症状の回復にも一定の時間がかかってしまうんだ。けれど、食べたものを吐いたり下剤を使ってしまうなどの行為(代償行為)については、比較的早めになくなることも分かっているよ。

うーん…じゃあ私の場合、長い時間はかかる可能性があるけど、一番しんどいと感じている「食べて吐いちゃう」って症状については、早めになくなるってことなんだね。でも吐かなくなったら、その分また食事制限をしたり運動を沢山したりするようになっちゃう気がするよ。

うんうん、ぱせりちゃんの言う通り、食事制限や過剰な運動については、比較的長く持続するという結果もあるんだ。簡単に全部の症状が一気に消えるわけではないけど、症状が一つずつなくなりながら回復に向かっていくことになるから「ずっとこのままなんだ」とは思ってほしくないな

今までは食行動にかかわる症状について話をしてきたけれど、精神的な症状…つまり自分が太っているという思い込みや、体重が増えることに対する強い恐怖感といったものについては、回復までにさらに時間がかかると言われているよ。これは、少し前にお話したこと*にも関係しているね。

*関連記事:摂食障害は心の病気?身体の病気?

確かに、自分の体型とか体重に対するこだわりを捨てるなんて、今は全然想像できないや。時間がかかるっていうのは自然な気がする。

そうかもしれないね。そしてもう一つ「ずっとこのまま」じゃない、と言う点で伝えたいのは、最初に説明した社会的リカバリー、パーソナルリカバリーのことだよ。

社会生活に復帰することと、自分が「こうなりたい」と目指すリカバリーの姿に近づくこと…だったっけ。

そうそう。例えば一つの研究で寛解までに5~6年かかった、と言っても、その中でぱせりちゃんは学校生活が充実していくかもしれない。就職して、新しい道を歩み始めるかもしれない。その中で、少しずつ最初に言ってくれた「カロリーを気にせずごはんが食べられる」「パートナーや友達と食事を楽しめる」、そんなぱせりちゃんにとってのリカバリーの瞬間が増えていくんじゃないかな。それはきっと「ずっとこのまま」とは言えないと私は思うよ!

確かに…ネットのコメントでは「一生症状と付き合ってる」っていう言葉だけが目に入って怖くなっていたけど、ずっと同じ状態が続くってわけでもないかもしれないね。少しずつでも、出来ること、楽しめることが増えていったら、状況は違って見えるのかも…

そうなんだ。症状がなくなるという観点で見ても、ひとつひとつの症状が少しずつなくなっていくんだよね。そして、その過程では、きっとぱせりちゃんの中に変化が起きているはず。自分がどうなったら摂食障害から抜け出した!と言えるのかを考えつつ、ちゃんと自分の中に少しずつ起きている変化にも、目を向けられると良いね

おわりに

摂食障害についてインターネットやSNS上のさまざまな情報を目にして混乱したり不安になったりしたことがある方は多いと思います。そこには正しい情報を伝えるものもありますが、極端な内容や誤ったことが書かれたものも散見されます。手に入った情報は全て自分に当てはめて考えがちですが、世の中には多様な人達がいて自分と共通しないことがたくさんあることに注意が必要です。「病気はいつ治るのか?」は、一番答えの知りたいことでしょうが、ある個人の考えや世の中の平均を自分に置き換えるのは的外れなことかもしれません。実際に、平均よりずっと短い期間で元気に回復した患者がたくさんいます。一方で、人生の多くの時間を摂食障害とともに生きている患者もいます。重要なのは、自分が病気の症状をなくすこと(臨床的リカバリー)だけを目標にするのではなく、病気から解放されたと明るい気持ちを取り戻すこと(パーソナルリカバリー)や、病気に影響されない社会生活を回復すること(社会的リカバリー)を目標に、生活の豊かさをより早く、より多く取り戻すことだと思います。

参考文献:
Clausen, 2004b; Herzoget al., 1999; Herzog, Schellberg, & Deter, 1997; Jarman & Walsh, 1999; Keller, Herzog,
Lavori, Bradburn, & Mahoney, 1992; Strober, Freeman, & Morrell, 1997).